国際平和協力リレー・メッセージ

国際平和協力リレー・メッセージ 第4回 生田目 徹さんimg

<写真>南スーダン現地支援調整所の執務室内にて

 生田目所長は、南スーダン現地支援調整所で活動されていますが、そこではどのような業務を行っているのですか。ジュバでは、自衛隊の施設部隊も活動していますが、今回が初の試みとなる現地支援調整所の設置にはどのようなねらいがあるのでしょうか。

 国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に参加している日本隊は、現地支援調整所と施設隊の二つで構成されています。南スーダンは2011年7月に独立した世界で一番新しい国であり、人々の表情は明るく街にも活気が見られます。一方で、独立に至るまで長年にわたり内戦が続いたことから、国の機構・制度の構築やインフラなどはこれから整備していく必要があります。

 UNMISSは、南スーダンが自ら行う国づくりをサポートすることを任務の一つとしており、特に日本隊にはインフラ整備に期待が寄せられています。しかしながら、ニーズは多様かつ膨大であり、全ての期待に応えることは難しいのが実情です。したがって、住民の裨益効果や技術的可能性などを踏まえながら、適切に優先順位を設定することが重要となります。また、施工にあたっては、測量、設計、資材や機材の手配など入念な準備が不可欠です。このようなことから、地元のニーズを吸い上げUNMISSとの協議を通じて「任務(タスク)を調整する機能」と、示されたタスクを準備して「実行する機能」とを区分し、現地支援調整所と施設隊がそれぞれの役割に専念することによって、より効果的・効率的な活動ができるのではないかと考えています。

 実行部隊とは別に調整機能を保持するというアイデアは、そもそも同じように施設部隊を派遣した東ティモールPKOの時に出されたものと聞いています。また、与えられた仕事を粛々と実行することに加え、自ら任務を案出するという提案型の貢献をしたいという思いは、既にハイチPKOへの参加において現実のものとなっています。南スーダンにおける現地支援調整所の設置は、20年来のPKO参加を通じて得た教訓を集成した一つの試みであると言えます。

プロフィール

生田目 徹さんimg

生田目 徹

南スーダン現地支援調整所長

 1966年茨城県に生まれる。1989年防衛大学校卒業後(第33期生)、陸上自衛隊に入隊。同年、11施設群(福島・秋田)小隊長に。
1993年には輸送調整中隊空港班長としてモザンビーク国際平和協力隊に参加。1997年から11施設群(福島)中隊長。
 その後、陸上自衛隊幹部学校、施設学校研究部、陸上幕僚監部人事計画課勤務を経て、2004年には対外調整(案件形成)担当としてイラク復興業務支援隊に参加。
 2005年から第9施設大隊(八戸)大隊長、2007年から国連日本政府代表部別ウインドウで開きます(ニューヨーク)防衛駐在官、2011年から統合幕僚監部運用部運用第2課国際地域調整官を歴任。
 2012年1月から中央即応集団に兼務補職され南スーダン現地支援調整所長を務める。
 趣味はサイクリング。南スーダンではエアロバイクで汗を流す。

web防衛省・陸上自衛隊別ウインドウで開きます

現地支援調整所の執務室内の様子img

現地支援調整所の執務室内の様子

日本が南スーダンにおいて国際平和協力業務を開始して約半年が経ちましたが、現地の人々の反応はいかがですか。苦労されている点や、気をつけている点があればお話しください。また、これからどんな活動を行っていきたいとお考えでしょうか。

 道路補修など街中で活動することが多いのですが、周辺住民が笑顔で作業を見守ったり、行き交う車のドライバー達が手で振りながら通り過ぎたりと、温かい雰囲気の中で仕事ができていると感じています。また、現地政府職員に現場で交通統制やコミュニティーとの連絡にあたってもらうなど、地元との関係にも留意しています。
 日本隊はUNMISSの一員であり、その要請に基づき日々のタスクを行って、ミッション全体の任務遂行に寄与することが基本です。一方、施工者の立場から、現地ニーズに合致した案件や現地特性にあった実施要領を提案することも、有意義な貢献になると考えています。この際、すでに当地で活動している国連機関や国際援助機関などと相互補完的に活動が行えると更に効果的です。これまでの半年で、現地支援調整所は、国連機関のニーズを把握して連携案件の案を取りまとめ、UNMISSと協議してタスク化するというプロセスを確立しました。実際に、施設隊は、UNMISSの要請に基づく日々の任務を確実に行う一方で、これらの連携案件もタスクとして実施しています。
 現地支援調整所の次の目標として、UNMISSと日本とが連携する案件を開拓して、南スーダンと国際社会に対してオールジャパンの取り組みをアピールしたいと考えています。このためには内閣府(連絡調整要員事務所)、外務省(在ジュバ日本国政府連絡事務所)、防衛省(日本隊)の連携がますます重要となります。また、日本の国際援助機関(国際協力機構(JICA))やNGOの方々とも一歩踏み込んだ連携の実績を残したいと考えており、情報交換はもとより連携案件の可能性についても話し合っているところです。

外務省や内閣府等の関係者との打ち合わせimg

外務省や内閣府等の関係者との打ち合わせ

 現在、自衛隊の施設部隊等が活動しているジュバは熱帯の地であり、マラリア等の様々な健康上のリスクもありますが、ジュバの生活環境はいかがですか。また、治安面で不安に感じることはありますか。

 生活物資はひととおり手に入りますので、選り好みしなければ不自由を感じることはありません。一方、南スーダンは内陸国であり、かつ本邦からも距離がありますし、高度医療設備の整った病院がありませんので、病気にならないことが一番です。心身の健康管理を心がけており、幸いなことに日本隊でマラリアなどの重病にかかった例はありません。また、活動中は、本邦と同様に安全管理に留意して不注意によるケガや事故を防止することも大事だと思います。日本の平和協力隊員達は、ブルーベレーならぬブルーの作業用ヘルメットを着用して建機の操作や車の運転にあたっています。
 治安面では、南スーダンの人々のミッション全体に対する態度は好意的であり、また、日本隊の現場での住民の方々の反応を見ても不安に感じるようなことはありません。

日本隊の活動を視察する生田目所長(右)img

日本隊の活動を視察する生田目所長(右)

 生田目所長は、モザンビーク国際平和協力業務国連日本政府代表部別ウインドウで開きますでの勤務の御経験がありますが、どのような業務をされていたか教えてください。また、そのときの経験で、今回の南スーダン国際平和協力業務に役立っている点はありますか。

 モザンビークPKOONUMOZ)では、輸送調整要員として、航空機への物資の積み込みや搭乗客の受け付けなど国連フライトの運行に関わる業務を行いました。タスクを取り仕切る司令部と現場の航空機クルー、物資の送り主、それを運んでくる輸送部隊、空港当局職員などの間を走り回ってそれぞれの意見をすり合わせるのに奔走しました。今にして思うと、文民部門と軍事部門が一体となって活動する現在の統合型ミッションのさきがけとなる業務形態だったと思います。

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モザンビークPKOで勤務する生田目所長

 2007年から2010年の3年間は、国連日本政府代表部別ウインドウで開きますの防衛駐在官としてニューヨークに赴任し、国連PKO局を相手に日本のPKO派遣に関わる調整にあたりました。ハイチPKOMINUSTAH)への部隊派遣が決まった時は、限られた時間で部隊を展開させるため、国連本部、本邦及び現地の先遣チームとの間に立って連絡や協議にあたりました。歩きながら電話を掛け、おにぎりをかじりながらメールを打つという忙しい日々が続きましたが、話し合った内容が実際に人の動きとなって現れることにやりがいを感じるとともに、日本の底力を認識しました。また、実務的な調整の他に、国連加盟国がPKOの問題点や在り方を議論して提言を取りまとめる会議(PKO特別委員会)に参加するような機会もあり、平和構築の要素が重みを増している近年のPKOの特色などを学ぶことができました。
 ニューヨークで得た統合型PKOミッションの特性や国連の手続きに関する「知識」と、モザンビークで得た目的を共有して各部署が一体となって業務を行うという「経験」が、今の仕事に大きく活かされていることは間違いありません。決して意図したわけではないのですが、自衛官としての経歴が日本のPKOの歴史と重なっていることに不思議な縁を感じています。

 過去に携わった国際平和協力について、印象に残っているエピソード等ありましたらお聞かせください。

 国連日本政府代表部別ウインドウで開きますに勤務していた時に、東京からの出張者と国連職員との懇談にたまたま同席する機会がありました。冒頭に、先方職員から、自分は若い時にモザンビークPKOを担当していたが、日本隊の評価は素晴らしく、現地から送られてきた報告を今でも覚えているという発言がありました。これを傍らで聞きながら、自分の関わった仕事が20年近くたっても良い印象として人々の記憶にとどまっていることを知り、うれしく思いました。
 今回の派遣でも、我々の活動が南スーダンの人々にとって国づくりの第一歩として刻まれさわやかな印象となって残ることができればありがたいなと思っています。

 将来、国際平和協力分野で活躍することを目指す若者や学生に対して、一言メッセージやアドバイスをお願いします。

 日本人に限らず、国連や各国の国際平和協力活動に関わる人々は行動指向であり、常に今自分には何ができるだろうかと考えていると感じられます。一方、「できること」を自信を持って発信するためには、「できないこと」も正しく認識することが必要です。個人としての能力に加えて、地位や立場に与えられた権限とか、自分が身を寄せる組織の任務などを正しく理解しておくことが不可欠となります。このように自分自身を理解した上でポジティブな表現を心がけてコミュニケーションを図れば、国際社会にあって相互補完的な仕事ができ、やがてそれが目に見える成果となって現れるのではないかと思います。

2012年8月2日、南スーダン現地支援調整所にて
聞き手・撮影: 久保 雅靖、矢代 誠(内閣府 南スーダン連絡調整要員)

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