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国際平和協力本部事務局(PKO)
国際平和協力本部事務局 (PKO)

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PKO法制定・施行20周年

国際平和協力法制定・施行20周年を振り返る

 国際平和協力法(PKO法)が制定・施行されて、今年(2012年)で20年。この間、日本は、27件の国際平和協力隊を派遣しました。PKO法に基づく日本の国際平和協力活動の主要な歩みを、駆け足で振り返ってみましょう。

1992年6月 国際平和協力法(PKO法)公布

 1990年8月の湾岸戦争の過程で、日本は資金面・物質面の協力のみならず人的側面でも積極的な国際貢献を行うべきだとの理解が国内で広く定着したことから、1991年7月、政府は内閣に「国際平和協力の法体制整備準備室」を設置し、本格的な法律作成作業に乗り出しました。その結果、国会での審議を経て、1992年6月15日に「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(国際平和協力法)が成立しました。同法は6月19日に公布され、8月10日に施行されました。

1992年9月 PKO法に基づく初めての業務として、第2次国連アンゴラ監視団(UNAVEM II)に選挙監視要員を派遣

 1992年9月、アンゴラ人民共和国(現アンゴラ共和国)で、第2次国連アンゴラ監視団(UNAVEM II)による監視の下、国会議員選挙と大統領選挙が行われました。日本は民間人1名、公務員2名の計3名の選挙監視要員を派遣し、これが、PKO法に基づく初めての国際平和協力業務となりました。

→「アンゴラ国際平和協力業務」のページへ

選挙の様子のimg

選挙の様子

1992年9月 国連カンボジア暫定機構(UNTAC)に第1次陸上自衛隊施設部隊600名を派遣。同年10月には75名の文民警察要員を派遣

 1992年9月、日本は、明石康国連事務総長特別代表(当時)率いる国連カンボジア暫定機構(UNTAC)に、停戦監視要員8名、陸上自衛隊施設部隊600名を派遣しました。停戦監視要員は、他国要員とともに、武装解除のために集められた武器の保管状況の監視や、停戦が守られているかどうかの監視を行いました。自衛隊施設部隊は、内戦で荒廃した道路や橋の修復、さらにはUNTAC構成部隊に対する給油・給水、医療・宿泊施設の提供、物資等の輸送・保管など、幅広く活躍しました。

 同じ1992年9月、カンボジア憲法制定議会選挙に向けての広報・教育用として、UNTACに対して視聴覚器材(ビデオ・ラジオ・小型発電機のセット)の提供(PKO法に基づく初めての物資協力)を実施しました。

 同年10月には75名の文民警察要員が派遣され、殉職者1名を出すという痛ましい事件に見舞われながらも、現地警察の活動が公正中立に行われているかの調査・監視や、現地警察に対する捜査方法などの指導・助言を行い、任務を全うしました。

→「カンボジア国際平和協力業務」、「国連カンボジア暫定機構(UNTAC)に対する物資協力」のページへ

道路の施設作業を行う日本の施設部隊img

道路の施設作業を行う日本の施設部隊

1996年2月 ゴラン高原の国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)に司令部要員2名と自衛隊輸送部隊を派遣

 国連は、第4次中東戦争後の1974年にシリア、イスラエル両国が兵力引き離し協定に合意したのを受け、停戦監視と両軍の兵力引き離し状況を監視する国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)を設立しました。UNDOFはイスラエル・シリア間の和平交渉における中核的な問題であるシリア南西部のゴラン高原に展開し、現在も活動を続けています。

 日本は、1996年2月から2名(2009年3月からは3名)のUNDOF司令部要員を、また43名からなる陸上自衛隊輸送部隊を派遣しています。

→「ゴラン高原国際平和協力業務」のページへ

他国要員とともに活動する日本の司令部要員img

他国要員とともに活動する
日本の司令部要員

物資の輸送を行う日本の輸送部隊img

物資の輸送を行う日本の輸送部隊

1998年6月 PKO法の一部を改正する法律公布

 これまでの派遣の経験を踏まえつつ検討した結果、国連を中心とした国際平和のための努力に対して一層適切かつ効果的に寄与するため、1998年6月12日、PKO法の一部を改正する法律が成立しました。

 この改正により、国連平和維持活動、人道的な国際救援活動に次ぐ第3のカテゴリーとして国際的な選挙監視活動に関する規定が置かれ、国連や地域的機関の要請に基づくものの国連平和維持活動の一環ではない選挙監視も可能となりました。また、一定の国際機関によって実施される人道的な国際救援活動のための物資協力を、停戦合意が存在しない場合でも行えるようになりました。さらに、部隊として参加した自衛官による武器の使用について、原則として上官の命令によることとなりました。

→「国際平和協力法の一部改正(平成10年6月)について」のページへ

1998年8月 PKO法に基づく初の国際的な選挙監視活動としてボスニア・ヘルツェゴビナに選挙要員25名を派遣

 1998年9月、ボスニア・ヘルツェゴビナ大統領評議会構成員等の選挙が実施されました。日本は、欧州安全保障・協力機構(OSCE)の要請を受け、同年のPKO法改正後、初の国際的な選挙監視活動として、選挙監視要員5名と選挙管理要員25名を派遣しました

→「ボスニア・ヘルツェゴビナ国際平和協力業務」のページへ

紛争で破壊された建物img

紛争で破壊された建物

投票の監視を行う日本の選挙監視要員img

投票の監視を行う日本の選挙監視要員

1999年7月 東ティモールにおける初めての業務として、国連東ティモール・ミッション(UNAMET)に文民警察要員3名を派遣

 国連は、東ティモール独立に向けた国づくりのため1999年に国連東ティモール・ミッション(UNAMET)を設立して以来、現在の国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)に至るまで、東ティモールの自立と民主化を支援しています。

 日本は、1999年7月、UNAMETに3人の文民警察要員を派遣し、東ティモールの治安維持に責任を有するインドネシア警察に対する助言を行うなどの業務を実施しました。これを皮切りに、日本は東ティモールに対して、2007年の選挙監視団の派遣を含め現在に至るまで9件の国際平和協力業務を実施しており、一国に対する協力としては最多の件数となっています。

→「東ティモール国際平和協力業務」のページへ

派遣された日本の文民警察要員img

派遣された日本の文民警察要員

2001年12月 PKO法の一部を改正する法律公布

 これまでの国際平和協力業務の実施の経験を踏まえて、2001年12月22日、2度目となるPKO法改正法が公布されました。

 この改正では、1992年のPKO法公布以来凍結されていた自衛隊の部隊等が行う平和維持隊(PKF)本体業務の実施が可能となりました。また、国際平和協力業務に従事する自衛官が、(1)「自己の管理の下に入った者」の生命又は身体の防衛及び(2)自衛隊の武器等の防護のために武器を使用できることになりました。

→「国際平和協力法の一部改正(平成13年12月)について」のページへ

2005年4月 国際平和協力研究員制度発足

 国連を中心とする国際平和のための努力において文民の果たすべき役割が増大しつつある状況を背景に、2002年12月に公表された「国際平和協力懇談会別ウインドウで開きます(座長:明石康・元国連事務次長)の提言を踏まえ、国際平和協力研究員制度が発足しました。

 この制度は、既に国際機関等での実務経験を有し、将来的に更に国際平和協力分野で活躍できる人材の育成を目的とするものです。研究員の任期は最長2年ですが、元研究員たちは退職後も、国連や国際機関など、国際平和協力の分野で幅広く活躍しています。

→「国際平和協力研究員制度について」のページへ

シンポジウムで発表する国際平和協力研究員img

シンポジウムで発表する
国際平和協力研究員

2010年2月 国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)に自衛隊施設部隊を派遣

 2010年1月12日、ハイチでマグニチュード7.0の大規模な地震が発生し、数十万の人々が亡くなる大きな被害がもたらされました。震災直後に現地を視察した潘基文国連事務総長は、国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)の任務遂行を勧告し、同月19日、国連安保理は、MINUSTAHの増員を決定しました。

 これを受け、日本は、国連の要請に応え、同年2月5日の閣議でハイチ国際平和協力業務の実施を決定、司令部要員2名と300名規模の陸上自衛隊施設部隊を派遣し、今日に至っています。自衛隊施設部隊は、NGO等の民間団体などと連携して、地元住民のニーズに沿って、がれきの除去、整地、道路補修、簡易な施設建設などの活動を行い、ハイチの一刻も早い復興のために尽力しています。

→「ハイチ国際平和協力業務」のページへ

他国の要員と打ち合わせをする日本の司令部要員img

他国の要員と打ち合わせをする
日本の司令部要員

作業中の日本の施設部隊img

作業中の日本の施設部隊

日本の施設部隊が建設した孤児院施設img

日本の施設部隊が建設した孤児院施設

2010年9月 国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)に軍事連絡要員を派遣

 2010年1月12日、ハイチでマグニチュード7. 国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)は、2006年、東ティモールの治安の維持・回復、大統領選挙・国民議会選挙の実施などを目的として設置されました。

 日本は、2010年9月から軍事連絡要員として2名の自衛官を派遣しました。派遣された軍事連絡要員は、担当地域内の村落を訪問し、地元の首長や警察官などから治安情勢等に関する情報を収集し、UNMIT本部に報告する業務を担いました。2011年3月には、部隊の一員ではなく個人として初めて、女性自衛官が軍事連絡要員に半年間派遣されました。

→「東ティモール国際平和協力業務」のページへ

村々を回り情報収集を行う日本の軍事連絡要員(女性自衛官)img

村々を回り情報収集を行う
日本の軍事連絡要員(女性自衛官)

シャボン玉で現地の子どもたちと交流する日本の軍事連絡要員img

シャボン玉で現地の子どもたちと
交流する日本の軍事連絡要員

2011年7月 「PKOの在り方に関する懇談会」中間取りまとめを公表

 「PKOの在り方に関する懇談会」は、国際社会における日本の役割を改めて認識し、世界の国々と協調しながら更に国際貢献を進めていくとの観点から、日本の国際平和協力の成果を総括し、今後の在り方を検討するため、東祥三内閣府副大臣(当時)を座長に、2010年10月から関係府省庁により行われた懇談会です。2011年7月4日、それまでの議論を総括した、「中間取りまとめ」(PDF形式:323KB)が公表されました。

→「PKOの在り方に関する懇談会」のページへ

PKOの在り方に関する懇談会img

PKOの在り方に関する懇談会

2011年11月 国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)への司令部要員2名の派遣を決定

 2011年1月の住民投票の結果を受け、同年7月9日、南スーダン共和国が独立しました。同日、平和と安全の定着、そして南スーダンの発展のための環境の構築を支援するため、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)が設立されました。

 日本は、同年11月から司令部要員として自衛官2名を派遣し、翌2012年2月には3名に増員しました。また、首都ジュバとその周辺で道路等のインフラ整備などの活動に従事する予定の陸上自衛隊施設部隊約330名は、2012年1月以降、順次現地に展開しています。

→「南スーダン国際平和協力業務」のページへ

日本の司令部要員img

日本の司令部要員

南スーダンで出迎えられる日本の施設部隊先遣隊img

南スーダンで出迎えられる
日本の施設部隊先遣隊

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1992年のPKO法施行以来、日本はこれまでに、27の国際平和協力業務に対し、延べ約9,100名の要員を派遣してきました。また、物資協力も、これまでに計21回実施してきました。(2012年10月1日現在)

 グローバル化の進展に伴い、主要国の間で大規模な紛争が起こる可能性が低下する一方、内戦や、一国内の内戦に近隣諸国が関与するような複合的な紛争へと、紛争が質的に変化してきました。国連PKOにも、当事者の停戦合意を支える平和維持のみならず、文民の保護や長期的な平和構築など、ますます多様な任務が求められてきています。こうした中で、日本の国際平和協力隊も、伝統的な停戦監視から、国づくりに向けた選挙支援やインフラ整備へと、一層多くの分野で活躍してきています。

 このような現地における日本の質の高い貢献は、国際社会から高く評価されており、日本の要員の高い士気と能力は、他国の要員の模範ともなっています。また、国内に目を転じると、国連PKO活動への参加に賛成する意見は、PKO法施行2年後の1994年度に実施された世論調査では約6割でしたが、2011年度には8割以上にまで上昇しています。

 今後とも、我が国は、国連PKO等への貢献を通じ、国際平和の実現に向けて、一層の協力を進めていきます。

外交に関する世論調査img

出典:内閣府「外交に関する世論調査別ウインドウで開きます(2011年10月調査)

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