大崎麻子:国際平和協力業務に携わる女性たち

国際平和協力業務に携わる女性たち(第3回)

大崎麻子

大崎麻子(おおさきあさこ)
民間外部委託講師(ジェンダー専門)
大崎麻子公式サイト別ウインドウで開きます

  • いま休みが取れたら?
    →八ヶ岳でひとりゆっくりと読書。
  • 直したくない癖は?
    →ずぼらなところ。
  • 尊敬する理想像は?
    →たくましい途上国のお母さん。

Q. 子どもの頃、『禁じられた遊び』や『サウンドオブミュージック』などの映画を通して、平和は当然のものではないとのショックを受けたとのことですが。

実家は割と外国とは無縁の家庭でしたけれど、外国への興味は小さな頃から強かったんです。戦争などで理不尽なことが世の中でおきているのなら、見てきたものを伝えたいと思うようになって。大学では哲学を専攻しましたし、学部留学した際はブリンマー大学でも哲学とジャーナリズムを学びました。

Q. フィラデルフィアにある大学ですね。現在、PKO事務局が行っている派遣前研修(注1)でジェンダートレーニングを担当していただいていますが、ここは確か津田梅子(津田塾創立者)が卒業された大学で。ここがジェンダー専門家への第一歩だったんでしょうか?

今思い返せばそうですね。女性の社会進出だとか、女性のリーダーシップとか、みんな日常的には話すんですよね。政治哲学のなかでもジェンダーの視点が入っていたりと。日本ではまだあまり話題にもならなかった時代です。確かに刺激は受けました。

Q. 大学院はコロンビアで人権を専攻されたとのことですが、ジャーナリズムとの兼ね合いで?

大学院が始まる2か月前に妊娠して、インターナショナル・メディアから急きょ人権に専攻を変更しました。妊娠・出産をしつつ、ワークロードをこなしていける専攻へと。興味というより消去法で選んだんですね。一番最初の講義で、それまでなじみのない難民(refugee)って言葉が出てきたんです。Refugeeって何?って聞いて、周りの学生に愕然とされたくらいです(笑)。

Q. でも、きっと縁があったんですよね。

とっても。そのうち子どもが生まれて。もともと子供が苦手だったのにもかかわらず、生まれてみたら可愛くって。子どもが目を開けて、手を動かすようになって、そのうち立ち上がるようになって。その成長を目のあたりにして、それを押さえつける権利は誰にもないって強く思いました。授業で読んだ世界人権宣言が、単なる文字の羅列ではないことが実体験を通して理解できました。そんなことから人権や人間開発が確固たる私のキャリアのベースになったんです。乳飲み子を抱えて、国連の人権センターにインターンもしましたし。

Q. 面白いですね。キャリアのベース形成に、子どもさまさまだったんですね。でも現実問題として大変ですよね。妊娠、出産、乳児期の2年だけでは終わりませんから、子育ては。

ええ。小さな子どもをみながら仕事を続けたり、また仕事をもちながら第2子を出産できたのは、仕事をする環境に恵まれた部分がありますね。実際妊娠するタイミングを計ってたら、7年もたってしまったんですが。幸運にも卒業後、若手専門職員(JPO)として国連開発計画(UNDP)のNY本部に派遣された時からジェンダーに関わってきたんですが、UNDPは組織のジェンダーの主流化の一環としてワークライフバランスの拡充を図っていて、当時7歳の息子を連れて出勤したり、妊娠中で体調が悪かった日は自宅ベースで勤務したりと。そういう柔軟な理解と制度が当然のようにありました。

Q. 今はフリーでお仕事されていますよね。働きやすい環境を変えた理由は?

大崎麻子(開発教育中の様子)

2004年11月にUNDPを退職して帰国しました。ここでキャリアに一息つけてもいいかなって思っていたんですが、その後子どもたちを一人で育てていくことになりまして。その時子ども中心の生活を保つためにフリーでやっていこうと決めました。実質的には他に選択肢がなかったのですが。でも私が出会った世界中のお母さんを見ると、みんな何とかなっているじゃないですか。

Q. そうですね。みんな何とかしようと動いて、その結果何とかなってますよね。大崎さんも何とかしようと動かれたんでしょう。確か日本に帰国されてから、UNDPや外務省、JICAの委託事業に関わったりされて。フリーとして今はきちんとした基盤を作られて。

UNDPの時に、開発政策局長を務めておられた渡辺英美さんがおっしゃってたんです。次のポストとか、自分のキャリアを戦略的に考えたことはないと。自分に与えられたことを一生懸命やっていると誰かが見ててくれて、その人が次のドアを開けてくれるって。実際そうだなと。

Q. それって・・・これまでの私とかぶります(笑)。本当にそうですよね。縁があったところで全力投球ですよね。

そうそう(笑)! 緒方貞子さん(JICA理事長)も、女性は出産、妊娠と人生でいろいろなステージがあるから、働き方も含めて長期的なスパンでキャリアを考えるといいと。

Q. なるほど。日本ではまだまだ社会的なキャリア形成の上で、出産が女性の“弱み”になっているのが残念ですが、人生という枠組みでみると、出産を経験できるのは女性の強みでもありますよね。2児の母である大崎さんにとって、ご自身のキャリアはほとんどライフワークですものね。

そうなんです。しかもお母さんとしての視点やお母さんとしての経験は、万国共通ですよね。カンボジアやグアテマラでも、子どもを育てながら外で働いている女性って多いじゃないですか。貧困でどんなに苛酷な環境にあっても、今日の食糧をどこからか調達してきて、子どもに食べさせて。私は2回出産を経験しましたが、出産直後にいつも高熱を出してました。開発途上国では出産で命を落とす妊産婦が多いですけれど、私のケースも施設の整ったNYでなかったら、命を落としていたかもしれません。出産はやはり命がけですよね。そういった実体験を通して、彼女たちとの連帯意識は強くもちやすいんです。

Q. だから女性のエンパワメントやジェンダー平等は、人権や人間開発と同様に大崎さんのキャリアの土台になってるんですね。

私は息子と娘がおりますが、男に生まれようが、女に生まれようが、人間としての生き方や人生における選択肢を阻まれるべきではありませんよね。持って生まれた可能性を開花させられるような環境を創りたいし、世界の多様性の中で生きる「自分」を意識させたい。最近は、世界とのつながりを子どもの時から感じて欲しいという気持ちもあり、開発教育に行きつきました。特に今の日本を見ていると、子どものころからの教育の重要さを感じます。

Q. それで、現在はIWCJ(International Women's Club Japan)の理事としてリトルアンバサダーのプログラムをされていると。

ママ友と始めたんですが、子どもたちに他国のことを知って、考えて、主体的な行動をとってもらおうというものなんです。在京の大使館やホテルなどに協力いただいています。また自分が住んでいるところの足元からジェンダー平等をと思って、居住区の男女平等参画推進会議の区民委員をしています。

(注1)派遣前研修:国連PKOなどに派遣される国際平和協力隊員に対して、内閣府国際平和協力本部事務局が派遣前に行う研修。

編集後記

正直、こんなに近くにいたのに、だ。大崎麻子さんとの出会いは2008年のTICAD IV(第4回アフリカ開発会議)にさかのぼる。私はUNICEF、彼女はUNDP。クラスターごとに分かれた業務のなかで、顔見知り以上に距離は縮まなかった。インタビューを通してお互いの共通点の多いことに驚いた。子どものころに考案した外国人ごっこ、伝えたいことからくるジャーナリズムへの興味。戦争に翻弄される人々への思いや、平和は当然のものではない、との気づきはお互い小さいころから持っていた。専攻やライフワークの見つけ方は違うけど、子どもへの教育で話がつきない。つながってしまった。思いもかけない再会だった。(写真 左)。

2011年2月28日、国際平和協力本部事務局にて
聞き手:国際平和協力研究員 新野智子

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