現地からの声:スーダン国際平和協力隊の勤務を終えて

平成23年10月
中央即応集団国際活動教育隊
3等陸佐 日下(くさか)  耕(こう)

 2011(平成23)年7月、最後のスーダン国際平和協力隊における第6次JMAC情報幕僚要員としての勤務を終えて帰国しました。同年4月に出国し約3か月間の短い勤務でしたが、この間、内閣府国際平和協力本部事務局の皆様や私の所属する防衛省の各機関・部隊など本邦の皆様からご支援・ご声援を頂きました。また、現地においては外務省の皆様にもご支援を頂きました。この場をお借りして、深くお礼を申し上げます。

 これから、この内閣府国際平和協力本部Webページの「現地からの声」をクリックしていただいた皆様の時間を5分ほどお借りし、スーダンにおける勤務を振り返り雑感を述べさせていただきます。読者の皆様に、防衛省の職員が国連PKOでどのように勤務しているのか、その雰囲気が少しでもお伝えできれば幸いです。なお、街中での写真撮影を禁止されていましたので、写真が少なくごめんなさい。

第6次隊の2名img

第6次隊の2名

1 スーダンという国

 スーダンは、皆さんご存じのとおりアフリカにあり、面積が250万平方キロでアフリカ最大(南スーダン分離独立前)、隣接する国も9か国(南スーダン分離独立前)で最多という特性があります。その分、この国の不安定が周辺に影響を及ぼす範囲・程度が大きいことになりますので、スーダンは国際安全保障上重要な地位にある国と考えられます。日本が安全保障政策の観点から国連PKOに貢献をする場合、UNMISを派遣先の一つとしていたのも頷けます。

 スーダンは南部を除きイスラム圏に属し、イスラム教徒が主体を占めます。毎日スピーカーから鳴り響くイスラムの礼拝が異国の情緒を醸し出します。イスラム圏に属していますので、UNMISも金曜と土曜が公休日となります。派遣された当初は、金曜日が休みで何となくうれしかったのですが、日曜日に出勤する際は逆に何となく釈然としない感じがしたものです。

 北部は砂漠気候、南部(現在の南スーダン共和国)はステップ気候やサバナ気候になります。私は首都ハルツームに滞在していましたが、このハルツームのある北部が砂漠気候であるのを実感したのは、ハブーブという砂嵐でした。私が滞在した間に小規模のハブーブが2回ありましたが、風が強くなり、そのうち空が黄色くなります。家の中にもドアの隙間から砂が入り込みます。私はコンタクトをしているのですが、こういう日には外出はしなかったものです。

家の中に入り込んだ砂img

家の中に入り込んだ砂

空が黄色くなっているimg

空が黄色くなっている

2 ジェーマックの仕事

 昔から続くPKOが軍事部門主体でかつ軍事部門司令官がミッション首脳を務めていることが多いのに対し、最近のPKOは、マンデート(任務)の特性上、軍事部門に加え大きな文民部門を抱えています。両部門は究極的には同じ目的のために存在しますので、効率的任務達成のため両部門を統合した部署が存在します。その統合した部署の一つにJMACJoint Mission Analysis Center、頭文字をとってジェーマックと呼称)があります。JMACはその名称どおり、ミッション全般の長期的視点に立った戦略的な情勢分析を行っている部署で、今日明日の行動がどうなのかという点ではなく、例えば選挙が半年後に行われるが全般情勢がどのように推移すると考えられるかというような視点で情勢分析を行うことになります。私はこのJMACの中のデータベース班で勤務していました。

 データベース班は当時、Managerが1名、Developerが1名(私のこと)、Operatorが1名という3名態勢でした。この3名は、それぞれの役割分担ごとに毎日パソコンに向かってデータのアーカイブ作業をしていました。JMACにはデータベース班の他に分析官のチームがあるのですが、データベース班はこの分析官チームなどを支援することが仕事です。

 つまり、データベースには、データベース班がアーカイブする様々な情報が蓄積されているのですが、分析官(その他、アクセスができる人)は必要に応じこのデータベースを利用するわけです。例えば、データは事件数などある特定の事項で検索することができますので、データベース班がアーカイブしたデータを検索すれば分析官は知りたいデータを取り出すことができます。

 データベース班の仕事は、このように普段は地味ですが、「もし」このデータベースが壊れた場合、大変な作業となります。データベースは特別なソフトウェアを使って作られていますので、その複雑な設計図を見て修復作業をしなければならないからです。幸いなことに、私が勤務していた期間にデータベースが壊れてしまう事案は発生せず、軽微な修復作業を1回実施するだけで済みました。この軽微な修復作業は、データベースを機能させるために必要な壊れたファイルを正しいファイルと入れ替えるだけで済んだのですが、この時は、当初原因が分からず、近所で勤務する日本人国連ボランティア(パソコンに極めて詳しい)に相談し力を借りることができました(感謝)。国連にはIT関係を扱う某部署があるのですが、この部署に相談しても解決しなかったので、データベース班の同僚は、「ジャパニーズ・テクノロジーが某部署に勝ったね」と冗談交じりに言ってくれたものでした。

データベース班の面々img

データベース班の面々

3 スーダンの日本人

 スーダンには在留邦人が148名いると言われており、2名の第6次スーダン国際平和協力隊は149番目と150番目の在留邦人となりました。

 最初に出会った日本人は、空港で出迎えてくれた防衛駐在官は別として、住んでいたアパートの大家さんでした。第6次スーダン国際平和協力隊はそれまでの第1~5次で借りていたアパートを引き継いで住んでいたのですが、このアパートの大家さんが日本人でした。大家さんが日本人というのはいいものです。安心感がありますし、ややこしい交渉ごとなども日本語が使えます。いろいろ便宜を図ってもらい感謝しています。

 また、大使館の方はもちろん、国連の職員として数名の日本人が勤務していました。その他、NGOの方などもいました。これらの方とは、何度か食事をご一緒させていただいたりしましたので、PKO派遣要員の防衛省広報マンとしての側面を実感したものです。

4 砂 漠

 国連PKOで勤務する場合、いわゆる国連休暇というものを取得することができますが、私の場合は、ミッションの終了が噂されている時期に勤務していましたので、休暇を取得しませんでした。ただ、JMACの同僚と、週末(UNMISでは金曜日と土曜日)を利用してメロエ遺跡のピラミッドを見に行きました。

 このメロエ遺跡は、かつてエジプト王国をも支配したことのある黒人のクシュ文明が最後に位置したメロエのピラミッド群です。

 メロエ遺跡はハルツームより100km北に位置するのですが、一面砂漠地帯です。衛星写真でスーダンの全般地形を見ると、北が砂漠地帯で茶色、南に行くにしたがって緑が多くなっているのが分かると思いますが、まさに砂漠、でした。ちなみに、初めての砂漠体験だったのですが、暑すぎて死にそうでした。

メロエ遺跡img

メロエ遺跡

ピラミッドと私img

ピラミッドと私

ラクダかわいい!img

ラクダかわいい!

5 中国や韓国の姿

 アフリカへの中国の進出が報道されることがありますが、スーダンではそのことを実感しました。スーダンに向かう機内は中国人だと思われる方が半分ぐらいを占めており、この飛行機は本当にスーダンに向かっているのかと思うほどでした。また、ハルツームは各地で住宅などが建設されているのですが、この建設作業員に中国の方が相当数混じっていました。

 スーダンには、中国だけではなく韓国の進出も目立ちます。UNMISの外壁沿いに職員用と思われる自動車の駐車場があるのですが、ここに駐車してある自動車は韓国の有名なヒュンダイ社製のものが目立ちました。半分近くはヒュンダイだったでしょうか。もちろん、トヨタや日産などの日本車もかなり流通しているのですが、ヒュンダイも目立っていたように思います。南スーダンは、現在、首都をジュバに置いていますが、近い将来、ラムシェルに首都を移転させる構想があります。現地報道によりますと、韓国の国営企業が首都建設工事に協力するそうで、平成23年6月に了解覚書が交わされています。

6 南スーダンの分離独立

 2011(平成23)年7月9日、1月に行われた住民投票の結果に従い、南部スーダンが分離独立をしました。当日は、私の滞在していた北部のハルツームでは全く何もなく、普段と変わりのない生活でしたが、南スーダンの首都ジュバにおいては盛大に独立式典が行われたようです。

 しかし、昔から帰属の決まらないアビエという地域を中心に国境付近では分離独立以前から衝突が続いており、アビエにおいて国連アビエ暫定治安部隊(UNISFA)という新しい国連PKOが設立されるなど、その余波が今現在も続いていることは皆さんご存じかと思います。UNISFAが設立されたときは、UNMIS、ダルフール国連AU合同ミッション(UNAMID)及びUNISFA、1つの国に3つも国連PKOが存在するという事態となり、世界が平和ではないことをスーダンで実感しました。

 また、南スーダンには産油地帯が数多く存在しますが、そのパイプラインは北部側のスーダンにしか通っていません。そのため、両国の石油を巡る駆け引きにこのパイプラインが利用されています。

 南スーダンは分離独立しましたが、以上のような南北の対立のほか、南スーダンそのものの統治能力の向上も課題と言われています。南スーダンの分離独立前、ハルツーム政府は意図的に南部側の発展を遅らせたと言われています。そのため、統計によれば、南スーダンのインフラや初等教育の実施状況は低いままです。

 課題は山積しているのでしょうが、国連PKOやその他の国連機関、またNGOなどの支援を得て、南スーダンが発展することを願っています。 いろいろ思いつくままに書きました。国連PKOに派遣された自衛官の活動状況が伝わっていれば幸いです。最後まで読んでいただき、シュクラン(ありがとうございます)!

(平成23年10月)

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