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第34回 アフリカの地域機構:SADC(南部アフリカ開発共同体)@PKOなう!

2012年11月30日
国際平和協力研究員
おかだ えつこ
岡田 悦子

はじめに

 数回にわたり、AU(アフリカ連合)[1]ECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)[2]及びIGAD(政府間開発機構)[3]と立て続けに触れてきましたが、今回はアフリカの地域機構シリーズの最後として南部アフリカ地域のSADCSouthern African Development Community:南部アフリカ開発共同体)[4]について言及したいと思います。同機構の本部はボツワナのハボローネ(Gaborone)にあり、加盟国数はECOWASと同数の15か国[5]です。同機構の特徴として、南部アフリカという純粋に地域的な枠組みで構成されていること、常に当該地域の大国である南アフリカと周辺諸国との関係が問題とされてきたことが挙げられます。事実、SADCの前身であるSADCC(南部アフリカ開発調整会議)[6]は、南アフリカによる経済支配からの脱却[7]、平等な立場での地域統合等を主な目的としていました。しかし、1994年の南アフリカにおけるアパルトヘイト体制の終焉により、周辺諸国は今までの南アフリカに対する対立路線から協調路線へと変化していきました[8]

平和・安全保障分野におけるSADCの組織

 SADC設立条約[9]によれば、同組織は、アフリカの他の地域機構と同様、主に首脳会合、閣僚会議、事務局に分けられます。首脳会合は、加盟国の首脳により構成される最高意思決定機関であり、同機構の全般的な政策決定や活動に責任を有し、決定は原則コンセンサス方式でなされます[10]。閣僚会議は、各加盟国の主に外務大臣等により構成され、同組織の機能及び発展を監視し、政策がきちんと履行されているかを確保する責任を有します[11]。その他、事務局長を長とする事務局がありますが[12]、同組織の特徴としてトロイカ制度があります。右制度は、SADC前議長、現議長、次期議長の3者により構成され、主に首脳会合のレベルにおいて行われています[13]。また、1996年に設置された政治防衛安全保障機関[14]は、域内の平和及び安全保障の促進に責任を有します。2003年には、相互防衛協定が発効され、外部による脅威から守るために加盟国間の安全保障協力の枠組みを形成することを目的としています[15}。さらに、AU議定書[16]第13条に従い、SADC待機軍に関する覚書が2007年に締結されました。待機軍の要員は加盟国から提供され、軍だけではなく、警察や文民からも構成され、政治防衛安全保障協力機関議長の勧告により、首脳会議の承認を受けてのみ展開が可能となります[17]

SADCによる紛争解決と今後の方向性

 南部アフリカ地域では、アンゴラ[18]、モザンビーク[19]やコンゴ民主共和国[20]のような国連PKOミッションの受け入れ経験をすでに有している国々が存在するものの、加盟国はSADCを通じてよりも二国間の軍事協力に焦点を当てている傾向があります[21]。総じて、SADCによる紛争解決は、交渉や調停プロセスも含めていまだ限定的であることやメカニズムの弱さ等が指摘されています[22]AUSADCの協力関係においては、現在は初歩的な段階であるものの、今年7月にSADCが支持していた南アフリカ出身のズマ元外務大臣がAU委員会委員長に選出[23]されたこともあり、一層AUとの関係強化が見込まれます[24]

[1]PKOなう!第13回「アフリカ連合と国連PKOを参照。

[2]PKOなう!第21回「ECOWASと国連PKOを参照。

[3]PKOなう!第27回「アフリカの地域機構:IGADを参照。

[4]同機構の主な目的は、経済統合を基盤とし、資本、財・サービス、人の域外移動により当該地域全体の経済発展を目指すこと及び地域安全保障の強化である(設立条約第5条)。

[5]主な加盟国は、南アフリカ、アンゴラ、ボツワナ、コンゴ民主共和国、モザンビーク、マダガスカル、タンザニア等。なお、南アフリカは1994年、コンゴ民主共和国は1997年、マダガスカルは2005年に加盟した。

[6]正式名称は、Southern African Development Coordination Conferenceであり、1980年のルサカ宣言により設立され、加盟国は10か国であった。1992年、SADCへ発展解消。

[7]林晃史「規範構築とSADC-地域紛争解決における南アフリカの役割」NIRA政策研究Vol.13-No.6、2000年。

[8]林晃史「SADCの現状と展望~地域経済協力機構と安全保障機構としての役割~」中部大学国際研究第18号、2002年。

[9]SADC設立条約(Treaty of the Southern African Development Community)は、1992年8月に署名され、1993年9月に発効し、2001年に一部改正した。

[10]設立条約第10条。

[11]同第11条。

[12]同第14条。

[13]同第9条A。同制度は1999年から導入され、SADCがタスクを実施し、迅速な決定の履行を可能にするだけでなく、SADCの定期会合の間にSADCの機関に対して政策の方向付けを与えることを可能にする(Profile:SADC参照:http://www.africa-union.org/recs/sadcprofile.pdf)。

[14]Organ for Politics,Defence and Security.

[15]Mutual Defence Protocol.

[16]AU平和安全保障理事会設置に関する議定書(2002年)

[17]Implementing peace and security architecture(II):Southern Africa”,Africa Report No. 191,International Crisis Group, 2012.及び滝澤美佐子「紛争解決における国連とアフリカの地域機構」、川端正久共著『アフリカの経験と展望』ミネルヴァ書房、2010年。なお、待機軍に関する詳細はThomas MANDRUP, “South Africa and theSADCStand-by Force”,South African Journal of Military Studies,No.37-2, 2009.に詳しい。

[18]第二次及び第三次国連アンゴラ検証団(UNAVEM)では、AU(当時OAU)及びSADCが関与。

[19]ONUMOZ(国連モザンビーク活動)

[20]MONUC(国連コンゴ民主共和国ミッション)。SADCは、コンゴ民主共和国の紛争解決に向けた仲介及び勧告を行った。

[21][17]op.cit. なお、マダガスカル及びジンバブエにおけるSADCの役割に関しては、Gavin CAWTHRA, “The Role ofSADCin Managing political crisis and conflict?the cases of Madagascar and Zimbabwe-”,FESPeace and Security series No.2, 2010.を参照。

[22][21]op.cit.

[23]Nkosazana Dlamini-Zuma elue president de la Commission de l'Union africaine”,Jeune afrique,le15juillet2012.

[24]設立条約第24条に国際組織や地域機構等との関係について記している。例えば、2009年、SADCは、AU本部に両機構の関係を向上するためにリエゾンオフィスを設置し、AU側もSADCにリエゾンオフィスの導入を決定した(未設置)。なお、SADCは、アフリカの他の地域機構と同様、超国家機構よりも政府間機構の性格を有する。[22]op.cit.

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