内閣府 Cabinet Office, Government of Japan
国際平和協力本部事務局(PKO)
国際平和協力本部事務局 (PKO)

内閣府ホーム  >  内閣府の政策  >  国際平和協力本部事務局(PKO)  >  国際平和協力研究員  >  PKOなう!  >  第89回 欧州諸国におけるシリア難民の保護(1)

第89回 欧州諸国におけるシリア難民の保護(1)@PKOなう!

2015年7月31日
国際平和協力研究員
いたがき ふみこ
板垣 文子

「第85回 シリアにおける迫害の状況と難民流出」では、紛争下にあるシリアの殆どの人々が、政府側または様々な反政府勢力と関わっているとみなされ、その敵対勢力の標的となり迫害を受けるおそれがあることを紹介しました。このような状況下で周辺国に大量流出したシリア難民は、紛争が長期化するにつれて、欧州諸国にも押し寄せています。欧州諸国では、2014年の一年間に12万8000人以上のシリア人が国際的保護を求めましたが[1]、これは2013年の約5万3000人[2]と比べて2.4倍以上の増加となり、難民申請者の55%がドイツとスウェーデンの二か国に集中しています。今回から数回にわたり、欧州諸国がシリアの人々をどのように保護し、難民として認定しているか、各国の難民認定率や判例、保護政策を材料に考えていきたいと思います[3]。今回の@PKOなう!では、欧州全体の難民認定率の推移とイギリスの事例を紹介します。

難民認定率の推移

欧州諸国では、2011年3月以降の急速な情勢変化に伴って、シリアから逃れた難民申請者の審査を一時凍結[4]していましたが、2012年に入ると紛争被災民として補充的保護[5]を認めるケースが急増しました。この影響で、民衆蜂起以前の2011年初めにはシリア人難民申請者が欧州諸国で保護される割合は3割以下でしたが、2012年4月以降は9割前後となっています[6]

保護の形態を詳しく見てみると、2012年から2013年にかけては全体の約6割が補充的保護を受ける一方で[7]、1951年難民条約上の条約難民として認められるケースは難民申請者全体の33%(2012年)から25%(2013年)に減少しました[8]。しかし、2013年半ば以降には難民認定率が回復し始め、同年後半から2014年初頭にかけてベルギー、スペイン、ドイツでは条約難民としてより手厚い保護を受けられるシリア人の割合が増えました[9]。オーストリア、デンマーク、イタリア、ポーランド、フランス、イギリスでは、条約難民として認められる方が補充的保護や人道的配慮に基づく保護を受けるシリア人よりも多いこともあり[10]、2014年第4四半期には欧州全体におけるシリア人難民申請者の65%(約1万6000人)が条約難民として認められています[11]

このように、シリア情勢の悪化で増え続ける難民申請者に対応するため、初めは人道的配慮に基づき紛争被災民として保護していた欧州諸国でしたが、2014年後半以降は個々の迫害状況を考慮して条約難民として保護を強化するケースの方が多くなっています。

イギリスの難民認定率と判例

次に、欧州諸国の中でも難民認定率の高いイギリスを例に挙げてみますと、2012年はシリア人難民申請者の78%(約860人)が一次審査で条約難民として認められ、一次で不認定となっても、その半数以上は異議申立て手続で決定が覆され保護されました[12]。2013年第1四半期に93%を記録した難民認定率は、2013年を通じて92%(約1440人)、2014年の一年間も91%(約1390人)と高水準で推移しています[13]

イギリスで多くのシリア人が条約難民として認められる背景として先ず考えられるのが、2012年12月に出されたKB国別指針判決[14]の効果です。シリア中央部タルトウース近郊の村出身でアラブ民族の申請者KBは、2009年2月トラックの荷台に隠れてイギリスへの入国を試みましたが警察に逮捕され、当初は就労目的のパレスチナ人と身分を偽りました。2010年3月に提出した難民申請とその却下後の異議申立てでは、自ら参加したシリアでの抗議活動が警察に阻止されたため逮捕を恐れてレバノンに逃れ、避難先のレバノンでも政治活動に関わっており、シリアの自宅には治安部隊が数回訪れて兄弟3人を逮捕したと主張しましたが、その信憑性が疑われました。上位裁判所は信憑性に疑いを持ちつつも、現在シリアで起きている極度の人権侵害と、いかなる抵抗の兆しも鎮圧する姿勢を強めている政府を考慮して、次のように判断しました:「不認定とされた難民申請者や強制送還される人は一般的に、反政府の政治的意見をもつとみなされ、シリア到着時に逮捕・拘束され、拘束下で深刻な虐待を受ける現実的おそれがあるため条約難民として保護すべきである[15]」。

この判決によると、申請者は当初シリア国籍であることを隠し、難民申請が一年以上遅れた上に、イギリスでの反シリア政府抗議活動への参加についての説明が食い違っており、その証拠も殆ど提出しなかったため、本申請の全体的な信憑性についての疑いは晴れていません[16]。このように、個別の事情に基づく難民申請が却下されており、他に追加される要因がなくても、海外で難民申請したという理由だけでアサド政権の敵対者とみなされ得る[17]、との判断が下されたことは画期的です。

2013年12月には、KB国別指針判決を全面的に踏襲してASB判決[18]が出されました。申請者ASBは、2011年3月の民衆蜂起直前に難民申請を却下され、異議を申立てましたが、一次裁判所は申請者がシリアで体験したと主張する出来事を受入れず、イギリス査証付きの有効なシリア旅券を所持する申請者が帰国したとしても、「不認定とされた難民申請者」として特定されることはなく、特に困難には直面しないと判断しました[19]。上位裁判所は一次とは異なる解釈を取り、申請者は「不認定とされた難民申請者」として(反政府的な)政治的意見を持つとみなされ、迫害されるおそれがあると判断しました[20]。他国の判例では、旅券無しで非正規にシリアを出国した人は、帰国時に政府当局に注目され、反政府的とみなされれば逮捕・虐待を受けるおそれがあるため、難民として認定される事例も多く見受けられます[21]。この点、ASB判決では、申請者が有効なシリア旅券で正規に出国したにもかかわらず、条約難民として認定しています。

イギリスのシリア難民に関する指針

これまでに紹介した国別指針判決の枠組みに基づき、イギリスで2014年2月に出された最新のシリア難民の該当性評価に関する指針[22]では、更に明確な判断基準が示されています。まず、シリアにおける一般的な治安・人道状況の悪化を理由に難民申請する人については、戦闘下にある主要都市・地域の出身であるため、反政府勢力に共感しているか、実際に関わりがあるとシリア当局にみなされそうであれば、条約難民として保護すべきと定めています[23]。難民申請者個人の状況を注意深く審査することが重要で、個人的に狙われていなくても、申請者が属する集団(難民条約上で定義されたもの)が攻撃対象となっていれば、条約難民として保護する方が適切である、という指針です[24]

次に、政治活動への関わりを理由とした難民申請については、シリア政府は如何なる抵抗運動も容赦しないため、指導者でない平の活動家や政府に批判的な個人(市民ジャーナリスト、抗議活動への参加者、批判家とみなされた人の家族を含む)等の政治的立場が目立たない人でも、政府当局により反政府的とみなされ迫害され得る、と定めています[25]。シリアの人々は、自分の携帯で抗議活動を撮影しただけで政府の狙撃兵によって射殺されるという現状があります。従って、難民申請者がこれまでに反政府活動に関わっていたか、その思想信条から将来的に活動へ参加し得るか、または帰国時に反政府の政治的意見を持つとみなされそうな場合は条約難民と認めるべき、という指針です[26]

更に、海外で難民申請したために反政府的とみなされ得ると主張する難民申請者については、その大多数がシリア帰国時に疑いの目で見られ不当な取扱いを受けるおそれがあり、取り分けクルド人や、諜報機関に反政府的立場を把握されている人、反政府支持を疑われている人のリスクが高いとしています[27]。シリア当局はあらゆる反政府の政治的意見を監視しようとしており、実際にその能力を持っているため、過去にそのような意見を表明したことがなくても、反政府勢力に共鳴しているとみなされる現実的な見込みがあれば条約難民である、と定めています[28]

このように、戦闘地域から逃れた人や、これまで政治活動に関わったことが無くてもシリア帰国時に反政府的とみなされ得る人、更には海外での難民申請者というように、目立った個別事情や政治活動歴のない普通のシリア人でも条約難民となり得るという判断基準を示したことが、高い難民認定率につながっています。

この指針に続いて2014年12月に出されたシリアの治安・人道状況に関する国別情報指針[29]では、更に条約難民の範囲が広げられています。KB国別指針判決では、シリアに強制送還された際にアサド政権の支持者とみなされ得る場合のみ、難民条約の基準に満たないため、他の方法で保護できるか検討すべきと判断しました[30]。これに対して本国別情報指針では、KB判決以降の内戦悪化により人権侵害の激しさ・規模・国内における広がりが増していることから、特に反政府武装勢力の支配地域においては、アサド支持者や支持者とみなされた人が、政府側の政治的意見をもつとみなされて迫害を受ける潜在的なおそれがある、と定めています[31]。この指針とKB判決とを合わせて考えると、イギリスでは、シリア人の殆どを条約難民として保護する政策が取られていることになります[32]

これまで見てきたように、イギリスでは、他の難民申請の審査の際にも影響力を持つ画期的な国別指針判決と、シリア難民の保護を強化する様々な指針が出された結果、9割以上のシリア人が条約難民として保護されています。次回の@PKOなう!では、他の欧州諸国の事例についても取り上げていきます。

 

[1] European Union: European Asylum Support Office (EASO), EASO Quarterly Asylum Report - Quarter 4, 2014, p. 7, available at: https://easo.europa.eu/wp-content/uploads/Quarterly-Asylum-Report-Q4.pdf [accessed 17 June 2015]

[2] EASO, EASO Quarterly Asylum Report - Quarter 4, 2013, p. 32, available at: https://easo.europa.eu/wp-content/uploads/Quarterly-Asylum-Report-Q4-1st-drafttc-2.pdf [accessed 7 July 2015]

[3] 欧州諸国では、1951年難民条約に基づく条約難民としてだけでなく、国際人権法の下で保護すべき人や紛争被災民を保護対象とする補充的保護、人道的配慮に基づく保護、第三国定住等、様々な形態でシリアの人々を受け入れていますが、今回は条約難民としての保護に着目します。

[4] European Council on Refugees and Exiles (ECRE), Information Note on Syrian Asylum Seekers and Refugees in Europe, November 2013, pp. 6, 20-21, available at: http://www.refworld.org/docid/52a587bc4.html [accessed 17 June 2015]

[5] 前掲3参照。

[6] EASO, EASO Quarterly Asylum Report - Quarter 1, 2013, pp. 14 & 29, available at: https://easo.europa.eu/wp-content/uploads/Quarterly-Asylum-Report-Q1-2013.pdf [accessed 17 June 2015]. EASO, supra, n. 1, p. 14. ECRE, supra, n. 4, pp. 20-21.

[7] UN High Commissioner for Refugees (UNHCR), Syrian Refugees in Europe: What Europe Can Do to Ensure Protection and Solidarity, 11 July 2014, p. 16, available at: http://www.refworld.org/docid/53b69f574.html [accessed 17 June 2015]. ECRE, ibid.

[8] ECRE, supra, n. 4, pp. 21 & 24. EASO, supra, n. 6.

[9] UNHCR, supra, n. 7.

[10] Ibid.

[11] EASO, supra, n. 1, pp. 14 & 31.

[12] UNHCR, UNHCR Global Trends 2012: Displacement, The New 21st Century Challenge, Annexes (Excel tables), Table 12, 19 June 2013, available at: http://www.acnur.org/t3/fileadmin/Documentos/Estadisticas/2013/Global_Trends_2012_Annexes.pdf?view=1 [accessed 6 July 2015]. ECRE, supra, n. 4, p. 104.

[13] ECRE, ibid, p. 21. UNHCR, UNHCR Global Trends 2013: War's Human Cost, Annexes (Excel tables), Table 12, 20 June 2014, available at: http://www.unhcr.org/globaltrends/2013-GlobalTrends-annex-tables.zip [accessed 6 July 2015]. UNHCR, UNHCR Global Trends 2014: World at War, 18 June 2015, Annexes (Excel tables), Table 12, available at: http://www.unhcr.org/statistics/14-WRD-tab_v3_external.zip [accessed 6 July 2015].

[14] KB (Failed asylum seekers and forced returnees) Syria CG v. Secretary of State for the Home Department, UKUT 00426 (IAC), United Kingdom: Upper Tribunal (Immigration and Asylum Chamber), 20 December 2012, available at: http://www.refworld.org/docid/50f688902.html [accessed 23 June 2015]. イギリスの上位裁判所移民庇護部(Upper Tribunal Immigration and Asylum Chamber)は、他のケースに対して拘束力を持ち国別指針となる事実認定を行なう権限を持っており、国別指針判決(country guidance cases)として公表しています。

[15] Ibid, para 32. ECRE, supra, n. 4, pp. 104-105.

[16] KB Syria CG, supra, n. 14, paras 7 & 14.

[17] ECRE, supra, n. 4, pp. 104-105.

[18] ASB v. Secretary of State for the Home Department, [2013] UKAITUR AA036252011, United Kingdom Immigration and Asylum (AIT/IAC), Unreported Judgments, 4 December 2013, available at: http://www.bailii.org/uk/cases/UKAITUR/2013/AA036252011.html [accessed 24 June 2015]

[19] Ibid, para 3.

[20] Ibid, paras 10 & 12.

[21] 以下で紹介されているドイツの判例および、ギリシャ、オーストラリアの判例を参照:ECRE, supra, n. 4, pp. 2 & 72. Greece - Attica Regional Asylum Office, 24 October 2013, GT [2013] Application No. 95/000186182, available at: http://www.asylumlawdatabase.eu/en/case-law/greece-attica-regional-asylum-office-24-october-2013-gt-2013-application-no-95000186182#content [accessed 3 July 2015]. RRT Case No. 1103475, [2011] RRTA 1042, Australia: Refugee Review Tribunal, 12 December 2011, available at: http://www.refworld.org/docid/4f69ea012.html [accessed 25 June 2015]. RRT Case No. 1212937, [2012] RRTA 970, Australia: Refugee Review Tribunal, 23 October 2012, available at: http://www.austlii.edu.au/au/cases/cth/RRTA/2012/970.html [accessed 25 June 2015].

[22] United Kingdom: Home Office (UKHO), Operational Guidance Note: Syria, 21 February 2014, OGN v9, available at: http://www.refworld.org/docid/530b11374.html [accessed 25 June 2015]. イギリス内務省は、行政手続きにおける難民認定の決定の一貫性を向上させ、主要な難民申請の申立てを効率的に処理するため、出身国別の難民該当性評価に関する指針を出しています。

[23] Ibid, paras 3.16.1 & 3.16.17.

[24] Ibid, para 3.16.19.

[25] Ibid, paras 3.18.1 & 3.18.10.

[26] Ibid, para 3.18.11.

[27] Ibid, paras 3.21.1, 3.21.6, 3.21.7.

[28] Ibid, para 3.21.9.

[29] UKHO, Country Information and Guidance - Syria: Security and humanitarian situation, December 2014, available at: http://www.refworld.org/docid/5492925f4.html [accessed 3 July 2015]

[30] Ibid, para 1.3.10. KB Syria CG, supra, n. 14, para 32.

[31] UKHO, supra, n. 29, para 1.3.6.

[32] Ibid, para 1.4.

内閣府 Cabinet Office, Government of Japan〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
電話番号 03-5253-2111(大代表)