第100回 国連PKOの有効性に関する実証研究の進展

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2019年8月6日
国際平和協力研究員 菅原 雄一

 

「その薬は本当に効くのか?」という視点

 みなさんは、友人が体調不良で苦しそうにしていたらどうしますか?見て見ぬふりをしたり、どんな病気でも治すという怪しげな壺を買うことを勧めたりする人もいるかもしれませんが、一般的には、「病院に行って薬をもらっておいで」とアドバイスする人がほとんどでしょう。なぜそう言うのでしょうか。それは、医者が病気の原因を特定して薬を処方し、その薬が症状を緩和させることを信じているからです。ではなぜ薬の効果を信じられるのか。それは、その薬が人間に対して実際に効くということが、臨床試験を通じて事前に確認されている(=効果が実証されている)という期待があるからに他なりません。
 このように、科学的な根拠に裏付けられた選択を行うアプローチを「根拠(エビデンス)に基づく実践(Evidence-based Practice, EBP)」といいます。もともと医療分野で一般的な考え方でしたが、これが心理学や教育等に広まり、現在ではより広い政策分野まで適用されるようになりつつあります。行政においては、「根拠に基づく政策形成(Evidence-based Policy Making, EBPM)」とも呼ばれます。
 近年、自然科学や医学、経済学等で開発された分析手法が、政治学や国際関係論に応用される流れが強まってきました。上記のようなEBPアプローチの広まりとも呼応して、国連PKOという、多くの主体が国際的に絡み合う複雑な制度においても、その効果を実証的に検証しようという考え方が広まりつつあります。国連PKOは、国連安全保障理事会によって与えられたマンデート(任務)を実行し、平和維持に貢献することを期待されて多額の費用をかけ実施されているわけですが、果たしてそれに見合う効果はあるのでしょうか。ここでは、PKOの有効性を検証する実証研究のこれまでを概観します。

PKOの有効性研究

 「ある特定のPKOによる介入が成功(もしくは失敗)だったか」という視点でその効果を検証する見方は、PKOが何らかの政策的効果を持つと考えられて始まった以上、最初の国連PKOが派遣された1948年時点から存在すると考えられます。しかし、国連PKO研究における基本的な分析アプローチは、理論的なものや、各介入事例においてPKOがどのような活動を実施したか、その政策的意義を個別具体的に記述・分析するような「叙述的アプローチ(descriptive approach)」が主なものでした[1]
 しかし、本当に効果的な政策だったかどうかを検証し分析するというのは意外に困難です。「Aという地域では効果があった」と言っても、それはその地域にのみ当てはまったことで、他の事例には当てはまらないかもしれません(何も根拠がないよりは「まし」ですが)。また、「理論的には社会の改善に役立つ」とされるものでも、その理論ではカバーされていない他の重要な要素が現実世界にはあり、実際には効果が出ていないのに「そうすべきだ」という意義だけが強調され、延々と同じ政策が繰り返されてしまう可能性もあります。
 時が経ち、社会科学や政策分析の在り方が変化するのに合わせて、政治学や国際関係論の分析アプローチは、より「科学的手法」を重視するようになっていきました。その中で、PKOが持つ効果を定義しその有効性を実証的に検証する、という意味で初めて「平和維持の有効性(peacekeeping effectiveness)」に関して論じたのは、Diehlによる1988年の論文が初出のひとつとみられています[2]。彼は6つのPKOを事例として取り上げ、各PKOが有効に機能したかどうか、その効果を生じさせる原因を想定した上で比較検証しました[3]。現在からみると非常にシンプルな事例研究のリサーチデザインですが、PKOの有効性を科学的に検証するという姿勢は、それ以前のPKO研究にはないものでした。1990年代頃から本格化することになるこの実証的アプローチは、一部の研究者からは「平和維持の有効性研究『第2の波』」と呼ばれています[4]
 1990年代から2000年代にかけては、他分野で発達した計量分析手法を国連PKOの分析に応用するアプローチが更に広まりました。特に国連PKOに関する実証分析を盛り上げたのは、2000年代以降の「Peace Survival研究」による貢献です。これは、医療分野で発展した「生存分析(survival analysis)」と呼ばれる計量分析手法を応用し、国連PKOの存在と和平合意の維持との関係を検証した一連の研究を指します。中でも最も有名なのはコロンビア大学のFortna教授による研究でしょう。彼女は、国連PKOが存在することによって、和平合意がどの程度時間的に持続するかを検証しました。国連PKOの伝統的マンデート「停戦監視」が、どの程度有効に機能しているのかを統計的に明らかにしようとしたわけです。
 分析の結果、国連PKOの存在によって、1第2次世界大戦後に締結された停戦合意に関して、ある年において合意が崩れる確率が57%低減し、21989年~1999年の間(冷戦後)に締結された停戦合意に関して、ある年において合意が崩れる確率が84%低減していることが明らかになりました[5]。国連PKOが存在することの効果をデータで検証し、明確に数字で算出したこの研究のインパクトは非常に大きいものでした。その後、さらに厳密な効果の推定を求めて、多くの研究グループやシンクタンクが様々な分析手法を用いて、国連PKOの有効性を実証的に検証しようと取り組みを続けています。

現在のトレンド―3つの流れ

 2010年代以降におけるPKOの有効性研究のトレンドとしては、大きく3つの流れにわけられるように思います。それぞれ、(1)「PKOの効果」の定義拡大、(2)効果を生じさせる原因の想定範囲の拡大、(3)分析手法そのものの進化です。
 まずはPKOの効果の定義の拡大ですが、これは分析において「何をもってPKOの効果とするか」の想定範囲自体が拡大しているということです。たとえば前述のPeace Survival研究においては、PKOの効果として和平合意の持続が分析の対象となっていました。しかし現代の国連PKOで主流とされるのは、文民の保護等のマンデートです。国連PKOが介入することで、ホスト国内でどの程度文民に対する暴力行為が低減しているのかを分析するというのは当然の流れと言えます[6]。それ以外にも、ホスト国の経済発展や民主化への影響、周辺国の紛争発生リスク、ジェノサイドの発生確率等に対して、国連PKOがどの程度影響を与えているのかといった、多様な「効果」が想定された分析が行われています。研究者らは、各々の関心に基づいて国連PKOの効果をひとつひとつ検証し続けています。
 次に、国連PKOの「何が」効果を与えていると想定するか、つまり効果を生じさせる原因をどこに求めるかが拡大している流れがあります。前述のPeace Survival研究では、「国連PKOがいるかいないか」、つまりプレゼンスが主な原因であると想定して分析されていました。しかし、国連PKOと一言で言ってもその特質はミッションによって大幅に異なります。マンデートの種類(停戦監視なのか、文民の保護なのか)や、ミッションのサイズ、要員構成(職種、国籍、ジェンダー等)が異なると、生じさせる効果にどのような変化を与えるのか、その原因をさらに細分化して追及していくという流れがあります[7]
 そして、分析手法そのものの進化です。より厳密に原因(国連PKO)と結果(何らかの効果)の関係を推定するために、既存のデータセットを活用するのみならず、フィールドでのサーベイや実験を行う研究者もいます。データがないなら現場で取ってこようというわけです。もちろん、政情不安のある地域だからこそ派遣されている国連PKOですから、現場で大規模なサーベイができない場合もあります。また、あくまでも特定の国や地域に対して選択的に介入しているPKOのような活動だと、科学的な実験を行うための適切な環境が整えられなかったり、データに基づいて分析してもバイアスが生じてしまい、統計的に適切な分析結果とならない場合もあります[8]。そのような計量分析における技術的問題を乗り越えて、より厳密に国連PKOの効果を検証するための方法論的試みが継続しているというのが大きな一つの流れといえるでしょう[9]

政策実務との接続に向けて

 冒頭で述べたEBPの行政への広まりとともに、国連PKOの政策実務の分野においても、データに基づいてそのパフォーマンスを明確にしようとする動きが広まっています。国連PKOに係る包括的な取り組みとして直近のものといえば「Action for Peacekeeping(A4P)」が挙げられますが、その中でも国連PKOのパフォーマンスとその効果検証は重要視されています[10]。少ない予算でより多くのことをするには、政策効果が高いものに優先的に予算を配分する必要がありますが、そもそも「政策の効果が高いもの」を判別するには、データに基づいた分析が必要不可欠です。より強固なエビデンスとして国連PKOの有効性が明らかになれば、政策実務側が説明責任を履行するために活用できる根拠も増えますし、また逆に、思っていたほど効果をあげられていなかった分野が明確に特定できれば、そこに集中的にリソースを配分したり、予算を適切に削減することもできるでしょう。
 また今後、国連PKOの有効性に関する実証研究が進むにつれて、研究者と実務者との協力がより重要視されるのではないでしょうか。政治的要素をはらむ国連PKOのような組織の場合、外部の研究者が利用可能なデータは必然的に限定されてしまいます。政策実務者(加盟国政府や国連のPKO関連部局、各国連PKOミッションで勤務する職員)と研究者間での連携が進めば、研究に利用可能なデータの範囲が広がり、より強固なエビデンスの創出につながることが期待されます。また研究者やデータサイエンティストの側は、自身の研究をより政策提言につながりやすい形で説明し、国際社会に還元していく姿勢も重要となるでしょう。同時に実務者側は、研究によって明らかになったエビデンスを理解・活用しつつ、実務的な観点からしか気づくことのできない、未だ検証されていない仮説を研究者に対して投げかけることも重要です。それにより、より現実に即した効果の検証と分析が可能となるかもしれません。
 研究者らは、様々なツールを用いながら分析を進化させ、国連PKOの効果という複雑な国際的事象を実証的に明らかにしようと尽力してきました。今後、さらに研究と実務の垣根を越えて、国連PKOという国際社会にとって貴重な「薬」の持つ効果が検証され、その改善につながることを期待したいと思います。

 

[1]  Salvatore, Jessica Di. and Ruggeri, Andrea. 2017. Effectiveness of Peacekeeping Operations. Available from Effectiveness of Peacekeeping Operations(https://oxfordre.com/politics/view/10.1093/acrefore/9780190228637.001.0001/acrefore-9780190228637-e-586?rskey=XQShe2.)(final access: August 6, 2019)

[2]  Fortna, Page. et al. 2008. Pitfalls and prospects in the peacekeeping literature. Annual Review of Political Science. 11(1). 283-301.

[3]  Diehl, Paul. F. 1988. Peacekeeping operations and the quest for peace. Political Science Quarterly. 103(3). 485–507.

[4]  Salvatore, et al. 2017. Op cit. なお、ここでいう第2の波とは、前述の叙述的アプローチを第1の波とした場合を指す。

[5]  Fortna, Page. 2004a. Does peacekeeping keep peace? International intervention and the duration of peace after civil war. International Studies Quarterly. 48. 269–292.

[6]  Hultman, L., Kathman, J., & Shannon, M. 2013. United Nations peacekeeping and civilian protection in civil war. American Journal of Political Science. 57(4). 875–891.

[7]  しかし、この流れがどの程度拡大していくかは、データの利用可能性に多分に依存する。特に国連PKOのような政治的要素を含む組織の場合は、活動に際して秘匿情報となる場合も多く、詳細な内部プロセスの一要素を原因として分析することが困難となることも多い。

[8]  例えば、政策評価において現時点で最大の信頼性が担保されている分析手法のひとつとしては、ランダム化比較試験(RCT)が挙げられるものの、本質的に非ランダムに派遣される国連PKOの分析においては、適用可能範囲は限定的とならざるを得ない。

[9]  例えば、マッチングを用いて非ランダム性を克服しようとする手法、操作変数法を用いて厳密な因果推論を行うもの、統合制御法を活用して反実仮想的状況を統計的に作り出し現実のデータと比較する手法など。

[10]  Action for Peacekeepingの中では、”To support effective performance and accountability”, “To strengthen the impact of peacekeeping”と明記されている。United Nations. 2018. Action for Peacekeeping: Declaration of Shared Commitments on UN Peacekeeping Operations. Available from Action for Peacekeeping: Declaration of Shared Commitments on UN Peacekeeping Operations. (https://www.un.org/en/A4P/)(final access: August 6, 2019)